どうも、わたなべです。
アフィリエイトのモチベーションが続かない、、
そんな人も非常に多い。
トレンドアフィリエイトで無料ブログを使っていれば、初月で結果が出ることもしばしばありますが 、
基本的に僕がおすすめしてる独自ドメインでのブログ運営では、なかなか結果が出ないこともふつう。
3ヶ月全く結果が出ないこともザラ。
で、その間にモチベーションが続かず、作業を怠るとこの初報酬発生の日がまたさらにどんどん先送りされる。
そうなるとどんどん歯止めがかからないくらいモチベーションが下がる。
そして、いつの間にかアフィリエイトを始めたときの自由への渇望を忘れてしまう。
実はこれは心が弱いとかそういう事じゃない。そして、僕が一番このことを勘違いしていた。というのも僕は結構1ヶ月目で初報酬を得て、割りとトントンびょうしで進んだからだ。
しかし、普通は、アフィリエイトという未知のものに突き進んだ時に、闇の中を走り続けられるほど人間はうまく出来ていない。
なぜなら、人間というのは扁桃体という脳の部分があって、これが恐怖を避けるはたらきをするからだ。
そして、人にとっての恐怖の1つに、めちゃくちゃ努力して結果が出なかったらどうしよう、、っていうのがある。
この恐怖から逃れるために、『もうやめよう』というような行動をやめるプットが出る。
これはなんら不思議ではない。
では、なんで僕はこのようなことがなく1ヶ月目で死ぬほど行動することが出来たのだろうか?
それは、同じ大学に成功者がいたから。
しかも成績的に言うと僕の方が上、そんなやつでも結果が出て、俺に出ないわけがない!という気持ちになれたから。
だから、僕は、成功事例が合ったからめちゃくちゃ努力できた。そいつが成功している事例とかを事細かに見せてくれるからそのまま頑張ることが出来た。
多くの人は、いくらノウハウを知っていても、成功事例を実感できないと行動までは出来ない。
例えば、下克上という教材を購入するというところまでは案外突き進むことが出来る。
しかし、下克上を実践するとなると、もし、稼げなかった時に損失が計り知れない。だからこそ、人は行動を辞めてしまう。
そして、この行動を辞めてしまうのが、人として普通である。
アフィリエイトで稼ぐというのは、ある種本能に逆らうことに近い。普通人間というのはうまくいくかわからないことに飛び込めないからだ。
でも、だからこそ飛び込んだ人間というのは恐ろしくうらやましい暮らしをしている。
僕なんかは、超進学校出身だったが浪人で更に失敗した。周りは現役で京都大学に合格したり、旧帝国大学に合格するような奴らばかりだった。
しかし、そんな人々も今や毎日終電で帰って、朝早くから出勤するという家畜のような生活を続けている。
しかもその家畜生活も世間からは『勝ち組』と言われ続けるという世間体から、なかなかやめることが出来ないのである。
もしくは、こんな世界があるということも知らないのである。僕は、自分の力で稼ぐようになったのが大学生だったので、就職は一度もしていない。
就職して働くというのがどれほど大変なのかはよくわからない。しかし、どう考えても今の僕の生活は病的に楽で、楽しいのはまちがいない。
それでいて、同級生の3〜4倍稼いでいるというのだから一歩踏み込んでよかったと本当に思う。
価値のあることであり、得られる物
では、どうすればそんな状態で闇の中で突っ走ることが出来るのか?
それは、
・痛みを伴う事
・他者を介在させること
この2つである。
現代で、アフィリエイトをしなくても生きていける。
だからこそ、人は行動出来ない。
まあ、結果論ではあるが、俺は数十万円単位の自己投資をして(借金で)もう返済に追われながら稼ぐことに集中した。
だからこそ、割りと早い段階で稼げるようになることが出来た。
実際目先の貯金に目がくらんで自己投資をしない人も多いが、あなたが月収100万円稼げるようになるのが3ヶ月送れるだけで損失が300万円になる。
この見えない損失という観点がほとんどの人からがっぽり抜けている。
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今や新幹線の1万円をケチって東京大阪間を歩く人なんて居ない。なぜなら、1万円をケチることで失うものが多すぎるから。
そして、自己投資も一緒。良い道順を知るだけで月収100万円を稼げるようになるのが1ヶ月早くなるならば、それは100万円得したことになる。
コンサルを受けたり、情報に投資するのも当然。
俺は未だに数十万円単位の投資とか、100万円を越えるコンサルを申し込んだりする。
でもそれはそれ以上のリターンがあるということをすでに過去の自己投資の結果知っているからであって、自分を律することが出来る。
人は、自分の力だけではどうしようもないことは多い。
自分へ掛ける負荷というのは、往々にしてやわなことが多い。