どうも、わたなべです。
超進学校出身で僕の高校の友達は超優秀でした(偏差値70オーバー)。ですが、僕は浪人したにも関わらず残念ながら第1志望にも落ちて後期の中堅国立大学に行くことになりました。
そして大学1年生の時に1月にあるイベントがありました。成人式と高校の同窓会です。この同窓会が僕にとって本当に苦痛でした。友達とは会いたい、でも学歴コンプレックスの状態では会いたくない。。
なぜなら、現役で東大京大阪大神大医学部に合格するような人たちに混じって、なんとも言えない中堅大学の学歴(しかも浪人)を披露するのが気が引けていました。
なんか自分が卑屈になってしまいそうでした。
もし、成人式に行くかどうか悩んでいるなら
このブログ記事を読んでいるあなたは、結構似ている境遇かもしれないですね。
正直、この成人式でもしかしたらあなたは学歴コンプレックスを増幅させるかもしれません。
でも行ったほうがいいと思います。成人式の後の同窓会にも行ったほうがいいです。それがあなたの今後の人生のエンジンになるからです。
全体的に見て、成人式は懐かしい友達に会えて楽しかったという感情が勝っています。同窓会もめちゃくちゃ楽しかったです。
ただ、そのとき悔しさを感じたのも間違いないです。僕の大学は一応国立大学でした。でもそれほど知名度は高くないので、
「そう言えば裕太(僕の名前)ってさ、どこの大学に行ってるの?」
ときかれるのが苦痛で仕方がありませんでした。
相手にとってそれは何の嫌味でもなんでもないと思います。僕も相手に嫌味は無いということはわかっています。でも、
「〇〇大学ってところ」
でも、聞いてなんとなくあんまりわからない大学だから気を遣ってくる感じが凄く辛かったです。自分でも「ってところ」って付け加えるのが本当に嫌でした。
例えば、東大!京大!阪大!名大!とかなら「ってところ」なんてつけるはずがないですよね。
どこやねん!
って言ってくれる方がマシでした。
しかし、その時から僕は何かが燃え上がるような感情になりました。
なんだこいつら、この俺を下に見てんのかよ、、、
なめんなよ!!
学歴で卑屈になってしまう自分にも腹が立っていたし、周りの人にも何がなんでも勝ってやりたいという気持ちが湧き上がりました。
3年後の同窓会での肩書は社長!、、、、にすると決意!
僕の高校は、卒業後に2年後の成人式の同窓会。そして、その3年後に再び同窓会が開かれる事になっているんです。
学歴で戦うことはもうやめました。なぜなら、学歴の頂点に位置するひとが何人も居るのに、結局ロンダリングしても編入しても勝てないもんは勝てないんです。
また、この学歴→就職のルートというパラダイムでは、どうあがいたって現役で大学に合格して就職していく奴らに勝てません。
だから、僕は社長になることを決意しました(完全に中二病w)。
そっから僕はいろんなことがありました。
謎のビジネススクールに思わぬ借金を背負わされたこともありました。
借金返済中に父親がリストラになり、生活費の支給がなくなったこともありました。本当に苦しかったので仕送りしてほしかったですがそれはいえませんでした。
なぜなら消費者金融から借金しているなんて親に言えるはずがありませんでしたから。
大学3年生のときは地獄でした。パン屋にパンの耳を貰いに来る貧しい[ruby]乞食[rt]こじき[/rt][/ruby]の生活を送っていました。
ひたすら、バイトと大学と生活費を賄うので精一杯の日々を過ごしました。マクドナルドでバイトをしていましたが、それも地獄のバイトでした。
[kanren url=”https://yuta-silicon.com/majime/”]
そうやって借金して紆余曲折ありながらも、ブログビジネスに出会い僕の人生は変わりました。
正直、ブログとビジネスが全く結びつかなかったのですが、ほとんどリスクなしでブログを立ち上げるだけで起業することが出来ました。
理系の大学だったので、実験や研究、テスト勉強、レポートに追われながらもスキマの時間でコツコツブログを積み上げていきました。
するといつの間にか僕のブログには、数十万人の人が訪れるようになり、僕のブログから商品がバカ売れするようになりました。
1ヶ月の間に53万ページビューを達成するほどになりました。
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成人式から3年後の高校の同窓会
3年前、次の成人式では絶対に俺が頂点に立ってやる!と思っていました。でも、その頃にはもはや学歴コンプレックスなんて感情はありませんでした。
見返してやろうと思ってやったビジネスも軌道にのり、しかも楽しくて仕方がありませんでした。現役で合格した文系の人はもう就職していましたが、
正直、毎日終電ギリギリ、日をまたぐなんて当たり前、それでやっとのことで30万円弱をもらう生活をしているいわゆる”高学歴勝組サラリーマン”をみて、僕は全く勝ちたいという気持ちがなくなりました。
もう、コンプレックスもないし、これからの僕の自由な人生へ思いを馳せていました。純粋に同窓会も楽しめました。
「あれ、裕太ってどこの大学行ってたっけ?」
って聞かれたら、
「お前〜!それ聞くってことはちゃんとエエリアクションしろよ!俺が今からめっちゃリアクションしにくい大学名言うからな、お前のリアクション楽しみにしてるぞ!」
とか笑いに変えられるくらいに何も感じなくなっていました。
学歴コンプレックスを乗り越えた瞬間だったと思います。正直、ロンダリングしたり、編入していたらこれがどうなっていたかわからないです。
「う〜んと、前は〇〇大学だったけど、今は☓☓大学かな、、」
って言う感じで、ずっと最初に合格した大学を引け目に感じ続ける人生を送っていた可能性があります。
まあ、もちろんこの3年間他の人がしない経験もしたし、他の人が遊んでいる間に自分のビジネスをやった時期もあるし、
理系の大学だったので、研究も実験もつらく1日14時間の実験の合間にビジネスの仕組みを作り上げて、今や毎月80万円入ってくる仕組みが出来上がった。
人生って色んな体験をした方がいいし、トータルで人生がプラスだったらいいわけです。
僕は、死ぬほど頑張って勉強したにもかかわらず、浪人しても合格する事ができませんでした。
「あんなに頑張ってたのにな〜」という同情の声を掛けられることも多々ありました。
更に逆転してやろうと入ったビジネススクールみたいな詐欺集団に騙されたこともありました。
大学3年生で借金生活も味わいました。
しかし、僕はブログで人生が変わりました。めっちゃ臭いこといいます。聞いてください。
闇が深いほうが光が強く見えます
もし、あなたが成人式や同窓会に行けばもしかしたらコンプレックスが燃え上がるかもしれません。
でも、それはあなたの頑張る原動力になります。
そして、編入とか学歴ロンダだけがそのコンプレックスと立ち向かう道では無いということも覚えておいてください。
編入やロンダは、結局学歴というフィールドで戦っているため、結局その先にはより学歴が高い人へのコンプレックスになるのです。
学歴コンプレックスというのは、学歴というルールで戦っているからこそ起こるものなのです。
野球で負けたらサッカーすればいいんです。
野球では、飛んできたボールをキャッチすれば有利になります。でもサッカーで飛んできたボールキャッチしたらハンドで反則です。
学歴というルールを思い切り変えたら、何もかもリセットです。パラダイムがごっそり変わるのです。
僕は学歴の負けはもう受け入れて、ビジネスというパラダイムで勝負することにしました。他の人は学歴→サラリーマンというパラダイムで生きます。
でも日本ってどうやっても逃げられないルールが1つあります。
それが『資本主義』です。野球やろうがサッカーやろうが、戦い方のルールが違えど、資本主義というルールがあるんです。
資本主義で勝てばいいんです。資本主義って正直いいか悪いかって言うと、悪いと思います。金持っているやつが正義みたいなところありますからね。
なぜ戦争がなくならないのか?なぜ原発がなくならないのか?結局金でしょう。ってところはあります。
だけども、日本にいる限り資本主義からは逃げられません。でも学歴コンプレックスはこの資本主義で勝利した時に僕は完全に消えました。
もはや一切の学歴コンプレックスは無いし、僕が通っていた大学が本当に楽しかったと思えたし、感謝しています。
僕は学歴って生き様だと思います。せっかく合格できた大学を塗り替えるのではなく、それはそれとしておいておく。
そのうえで新たに別のところに、自分を築き上げていくイメージです。
そうすると、学歴コンプレックスだった自分も受け入れることが出来ました。本当に大学にもビジネスにも感謝しています。
PS
ビジネスってすごい難しそうに思うかもですが、正直僕はブログ作っただけです。
僕がどういう感じでブログを作り、どうやってお金を稼げるようにしたのかという無料レポートを作ったので是非ダウンロードをしてみてください。