学歴コンプレックス PR

進学校で落ちこぼれて三流大学にしか行けなかった僕の末路

進学校から大学受験で落ちこぼれた人の末路
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中学校の時は敵無しで、地元の超進学校に上位入学しました。

 

ですが、僕はその後落ちこぼれて、浪人した末に第1志望に合格できずに第2志望の後期の大学に進学しました。

 

おそらく同じような境遇の人は多いでしょう。周りがあまりにもスゴいがタメに、自分が埋もれてしまった。

 

何となく同窓会とかも行きたいんだけども、少しはばかられる。そう思う人も多いでしょう。

しかし、僕は今では一切学歴コンプレックスを感じることはありません。一時は、同窓会にも行きたくない、高校の同級生に会いたくないと思っていた僕が、どのようにして学歴コンプレックスを克服したのかを話していこうと思います。

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超進学校に余裕の合格〜天狗になる〜

僕は中学のときは、唯一その進学校へ特色選抜と言う、上位3割位だけが一般入試前に合格できる制度で合格しました。

 

つまり、その中学では、その高校に進学する人が最強だったので、僕は最強でした

 

そして、圧倒的に天狗になりました。

天狗になっていた

俺の天狗っぷりは最高潮になる。クラスの人に本気で「俺の消しゴム縁起がいいで!」と配って周る。

 

頼まれても居ないのに、、、そして、心から僕の頭の良さがみんなに映れば良いのに、、と思っていた。

 

今思い返すとイタすぎて本当に怖い。あの頃のことを気にしていないか色んな人に聞いて回りたい(笑)

1年生まではなんとか上位キープ

高校生になって一応は勉強も部活も頑張っていたので、400人の中で100位以内くらいには位置づけることが出来ていました。

 

この高校であれば、大阪大学圏内くらいの順位でした。

 

案外この高校も余裕だなと調子に乗りかけていました。すると、2年生になって、、、

2年生から成績が急降下し始める

成績急降下

2年生から自分が野球でスタメンで出られるようになって、どんどん野球を頑張ることが楽しくなりました。

 

そして、日々の勉強時間が短くなり一方で野球の時間がどんどん長くなりました。

 

それに従ってどんどん、成績が加工していき、2年生の始めは150位くらいだったのに、どんどん落下していきます。

 

最終的に二年生が終わる頃には、300位台で安定していきました。

3年生では学年で下から一桁をとりつづける

低空飛行

高校野球も8月手前まで続きました。受験勉強を始めたときの僕の偏差値は低迷もいいところ、他人から見たらその成績を見て、その高校の生徒だと思ってもらえるわけが無い成績でした。

 

偏差値で言うと、50を楽々切り、その辺の高校の生徒よりも低い成績でした。その高校の人がよく受ける滑り止めの高校でさえE判定でした。

 

だから、そんな大学に落ちるなんて恥ずかしくて、現役のときは無謀に国立大学だけ受けて、落ちて浪人することを決意しました。

晴れて浪人生活

浪人生活

浪人生活は地獄のように自分を追い込んで勉強していました。

 

脇目も振らず、昼食の時間も惜しんで勉強しました。昼食は勉強しながら取りました。

 

それでも少しだけ、ある旧帝大でA判定がでましたが、第1志望ではありませんでした。

 

センター試験で死亡し、後期の中堅国立大学へ

センター試験爆死

ですが、結局センター試験で国語や地理が爆死して目も当てられない結果になりました。

 

だから、A判定が出ている大学に出願しようと思い出願しました。もちろんそこでさえセンターはE判定でした。

 

2次試験の配点が非常に高かったのでそこに選びました。しかし、その年傾向が代わり、僕の得意な理科が激難化し、取るべきところで取れなくなりました。

 

模試でA判定を取れていた大学でさえも撃沈しました。この大学を撃沈した出来事を考えると、

 

学歴コンプレックス

おそらく大学的には、世間的には、学歴コンプレックスを持つような大学ではありません。一応都内の国立大だし、

 

でも、自分の努力、そして高校の偏差値から考えると、コンプレックスなのです。

 

 

そこから僕は学歴コンプレックスとの戦いの学生生活となりました。

 

「なんかしなければ、」

「なにか勝てることを見つけなければ、、」

 

そう思い、色んなことを始めました。TOEICを受けなければ、、、資格を取らなければ、、、と様々な資格取得を目指しました。

資格試験を目指すも、続かず、、

TOEICの教材

資格試験を目指しました。ですが、資格を取ってどうするんだ?という疑問を持ちながらの勉強だったので、本当につまらなかったし、意味ないなと思っていました。

 

また、役に立ちそう!と言う理由で資格を取ろうとしていたので、そもそも全く興味を持てないものでした。

 

別に英語も好きじゃなかったし、基本情報技術者の資格もとっても別に一ミリも面白そうとも思いませんでした。

 

だから、資格を取ろうと何かしらの参考書や単語帳を買って、あきらめて、また何か買って、あきらめて、、

 

を繰り返していました。

そんなときに出会ったインターネットビジネス

この頃、マクドナルドでバイトをしていましたが、本当にストレスが溜まりに溜まっていました

 

真面目に働く人を利用して、サボろうとする先輩ばかりで、搾取され続けていました。

 

しかも、雇われると、頑張った分だけ成果が上がるわけではなく、頑張って働いて仕事を終わらすと、早く上がらされてお金が減ります。

 

https://yuta-silicon.com/majime/

この世の中は真面目な人は搾取されるということを痛感しました。

 

そんなときに、家で自分で稼げたら良いな。と思って、ネットサーフィンをしていました。

 

すると、そのとき見つけた物が、インターネットでお金を稼ぐと言うものでした。なんとブログで稼げる!と言うものでした。

 

僕は今まで、ブログを書いたことがあったし、ブログに広告を貼るだけでお金になるということで、楽勝じゃん!と思ってすぐにやってみました。

初報酬!月200円!!

僕の初めての報酬は200円でした。闇雲にやっていたのですが、我武者羅にやって最初200円しか稼げませんでした
結構ブログを書く作業をしたにも関わらず、なかなか報酬が上手く伸びませんでした。

メルマガで紹介された教材通りにやってみた

どうやら闇雲にやっても全く意味が無いと言うことをしりました(笑)(なんでもそうやろ!

 

そして、僕がその教材通りにキッチリスキルを学んで取り組んだところ、その教材を購入した月に8000円になりました。

 

さらに次の月には月収5万円に成り、3か月目に15万円、

 

そして5か月目には、50万円を達成しました。

 

今では、日給1万円が何もせずに入ってくる状態になっています。他にも独自コンテンツを販売したりしているので、収益はさらに伸びています。

稼げるようになったらもはや学歴コンプレックス

解放される

稼げるようになったらもはや学歴コンプレックスは無くなりました。

 

というか、自分が得たものの大きさにあまり実感が湧きませんでした。毎月、ちょこっと、仕事をするだけで、大したことをしなくても、お金が入ってくると言う状況。

 

このスゴさに僕は驚きました。

俺自由じゃね?

 

正直どの分野でも才能の善し悪しと言うものは必ずある

大学受験だろうが、何だろうが才能は確実に存在します。

 

僕も大学受験の科目を指導したことがありますが、2年生でほぼ初学者でどんどん難しい問題、難しい範囲を理解していく人も入れば、全く理解できない人も居ます。

 

3年生の後半で既に習った分野にも関わらずなかなか理解できない人っていうものが居るんだなと思いました。

何度でも逆転は可能

僕は高校受験で見下していた人に大学受験で逆転されました。

 

しかし、その負けたことの悔しさを知れば必ず逆転することができます。

 

人は転んでも何度でも立ち上がれるし、何度でも逆転することが出来るのだと思います。

 

もちろん、僕は気を抜くどころかどんどん同級生を突き放していきます。高校の二の舞にはならないぜ!笑

 

僕はインターネットで稼ぐ力を身につけて、自由を手に入れました。今ではどんどんお金を稼いで会社として動いていきます。

 

別に大学の学歴では何も決まりません。むしろ学歴にしがみつくことは本当に不自由です。

学歴にしがみつく不自由さを書きました

 

あなたオリジナルの本当に面白い人生を歩んでいきましょうよ!

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大学3年生の時に借金と仕送りストップによりネットビジネスを開始。 大学生の時に大量の高額情報商材を購入し、借金地獄になったものの大学生のうちに月収40万円を達成しネットビジネスだけで稼げるようになる。 ネット副業・Webマーケターキャリア・投資などの稼ぐことに特化したブログを運営中
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